京都の歴史の最近のブログ記事
今日、仕事で銀行へ行った時に地下鉄鞍馬口駅の改札でお祭りの白装束のおじさんを見た。
「あ、今日は上御霊さんのお祭りや!」
そう思い出して、銀行の用事が済んだらそのまま歩いて神社へ行ってみた。
上御霊神社のお祭りは毎年5月18日です。
今日、初めてこんな標識が立ってることに気付きました。
まだお昼前だったので、出店の準備中でした。
近づくとプ~ンと動物園のにおいがした(笑)
お祭りのお神輿は夕方近くに烏丸今出川の交差点を通ります。
太鼓の音で気づいて外を見たら、行列が通っていました。
帰りにもまたこのルートを通ります。
帰りのお神輿はとってもにぎやかでした。
写真は仕事中のため撮れませんでした。。。
ふんどし姿の男の人って、見てるほうが恥ずかしいですね(笑)
「久のひとこと」。。。春は各地でお祭りがありますね。
上御霊神社(かみごりょうじんじゃ)は、崇道天皇など平安時代初期までの八柱の怨霊(おんりょう)を
鎮めるために祀られたのが由来だそうです。
京都の歴史上の最大の災いである応仁の乱の発端となったところでもあります。
NHKの大河ドラマ「龍馬伝」
「幕末史の奇跡」と呼ばれた風雲児・坂本龍馬33年の生涯を、幕末屈指の経済人・岩崎弥太郎の視線から描くオリジナル作品。
が新年からスタートして、
京都でもなにかと龍馬の名前を目にします。
この前は北大路ビブレで坂本龍馬のお菓子を売っていました♪
中身はどこにでもあるクッキーなどですが、包装紙が龍馬なんです。
あとは昨日行った携帯ショップでもらったコレ!(笑)
そうです、あのCMの。。。ポケットティッシュです。
ここにも龍馬が!(笑)
坂本龍馬と言えば、伏見の寺田屋ですね。
坂本龍馬の定宿だった場所です。
400円で入れるそうです。くわしくはこちらから。
「久のひとこと」。。。この坂本龍馬ブームはやっぱりドラマが影響してますね。
福山雅治がかっこいいからですよね♪
最近、友人から健康に良く、美味しく味わえる鍋があると聞きました。
三角のフタが特徴の『タジン鍋』が、今 大人気とか!注文が殺到していて、
お待たせしているそうです。
たち吉本店・・下京区四条通富小路北東角 075-211-3141
ガスで 煮る・蒸す、「電子レンジ」など幅広く使え、油を使用せずに素材に含まれる
水で『無水鍋』料理ができるのでヘルシー・低カロリーでダイエットにも良いので
『使ってみたい品、ほしい品』のトップクラスにくるそうです。
『結婚の引出物』として予算的にぴったりなので大好評だそうですので、早目の予約で
ないと難しいとか! 径22.5cmが3、675円
こんなお菓子もできます。
四条通にある「たち吉」の看板
●久のひとこと・・・11月17日(火)の朝7時10分頃 テレビを見ていたら6チャンネル
(おはよう朝日・・宮根さん司会)でトレンドの人気品として紹介されて
いました。 『タジン鍋』とはモロッコの鍋で水の少ない所でも無水で鍋料理が
できるので最近大注目、大人気だそうです。ダイエットに挑戦の為、『久』も欲しいナァ~
『たち吉』は創業 宝暦二年(1752年)の「京のうつわ」の『京都 老舗』です。
↑ クリックして見る
●久のひとこと・・・『たち吉』では5月に人気コミック漫画とコラボして『へいげもの展』が
催され大変な人気でした。特に歴史好きの人・歴女(歴史好きの女性)・
陶器好きの人たちに! 『久』も見に行って、大変面白かったのでスグ
本屋へ行き 『へいげもの』を1巻~8巻まで買いました。
↓ 下の太字をクリックすると5月の『久のひとこと へいげもの展』ブログ全部が見られます。
創業250年余の陶器の『京都 老舗』 「たち吉」で『へうげもの展』が開催され
いつもとは客層が違う若者や男性がおおく来店しています。
中京区四条 富小路(とみのこうじ)東北角
へうげもの 動画を見る へうげもの たち吉 ←各々 クリックして見る
22日に秋晴れのもと 三大祭り の一つ『時代祭』が京都御所~平安神宮
にと歴史絵巻が催されました。
◎時代祭を詳しく見る ← クリックする
●久のひとこと・・・用事が長びき平安神宮に向かう時、交通渋滞に巻き込まれて
遅れてしまいました。この日は京都市内各所で交通規制が多く
よほど余裕ももって動くか、決めた場所で陣取りしないといけません。
せっかく、「特別観覧席券」があったのに!!
22日の夜は鞍馬で夜空を焦がし 勇壮な掛け声の火祭がありました。
●久のひとこと・・・『鞍馬の火祭』は10世紀の半ばころが始まりですのでもう千年
以上続いている祭です。勇壮な掛け声の『サイレイヤ、サイリョウ』
が耳に残ります。
十二単・衣冠での結婚式の新譜・新郎とご両家の親族。神職による演奏もあります!!
この新調の『花車』に乗って「新郎・新婦」が御殿入りします。新郎・新婦を何人の
輿手でかつぐのかナァ?!
●久のひとこと・・・先日から『二条城 結婚式』が始まりました。この新郎新婦で二組目で
『十二単・衣冠』では初めてとか。御殿と庭園(清流園)とがあり、庭園では
白無垢での挙式だそうです。結婚式は30人列席で60万円だとか。『久』の
感想ではこの場所でこれだけの人々の協力でのスペシャル結婚式は安いです。
・・結婚衣装・写真等も込み(限定)だそうです。
来年度の60組を受付中ですが、大人気だそうです。京都市で受付で二条城前の
『国際ホテル・藤田ホテルグループ』が運営しているそうです。
たくさんの見物客の中に外人さんも興味津津の様子です。
このような古い倉もあります。
鉄の鋲が重々しい正門前の遠足の生徒たち! いい天気だナア!
『二条離宮』とある『二条城の蹟碑』・・・国宝でもあります。
「久」が『京都ぶらぶら』 して前のブログで紹介した『染匠 きたむら』さんを
出て、東大路通(東山通)を上り祗園・花見小路へ行く途中 『安井金比羅宮』
へ御参りに行きました。この時間ならほとんど人がいないと思いきやなんとTVの
ロケをしていました。・・この役者さんの顔は良くテレビで見ますよネ~。
名前は?・・・・・思い出せません・・・下に写っている彼女に聞きました。
知らないノォ~~と見下した声で 『小野武彦』さんですとの返事。
そお~なんだ。 『小野武彦』さんだ~・・・『久』は覚えました。
●久のひとこと・・・手に持って靴の上からつけているビニールは何でしょうか??
答え---警察の鑑識課の人が事件現場へ入る時につける
ものですネ! そういえば『捜査一課』という腕章を付けていました。
写真に写っているかナァ~~
駐車している車には『東映』のマークがバッチリ!!
『安井金比羅宮』 ← クリックして見る
●久のひとこと・・・『安井金比羅宮』に御参りしたので、悪縁は切れたかナァ~
鞍馬天狗・義経で有名な 『鞍馬神社』
『鞍馬神社』 ←クリックして詳しく見る
『鞍馬の火祭・・10月22日』で錬る剣鉾の一つ「葵鉾」を飾る「吹散・・ふきちり」
が251年ぶりに復元新調された。10月22日に松明とともに進む・・・・・
写真・記事を見る ← クリックする
●久のひとこと・・・10月22日には御所~平安神宮で『時代祭』も昼間に開催されます。
この行列は各通りで見物できます。一番良い見物場所は平安神宮前の
場所ですが有料の観覧席が最高です。テレビドラマでよくパッと
画面が夜の『鞍馬の火祭り 由岐神社(=鞍馬神社)へ変わります、
大混雑もあり昼に『時代祭』 夜は『鞍馬の火祭』はなかなか難しいです。
↓ 『阿(あ)の狛虎・・狛犬ではありません』 祀っている『毘沙門天』の
使いが虎なので『狛犬ならぬ狛虎』だそうです。
『吽(うん)の狛虎』
嵯峨野・嵐山 渡月橋
国の重要無形民族文化財「嵯峨野六斎念仏」が、右京区の松尾大社で
奉納され、太鼓の掛け合いや軽妙な踊りが観衆を魅了した。
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●久のひとこと・・・京都では毎日のように祭・神事が行われているといわれるが
松尾大社の 『嵯峨野六斎念仏』もそのひとつです。松尾大社は
大宝元年(701年)の創建で秦氏一族の氏神で醸造の神様として
有名で境内には色々な銘柄の大きなこも樽が奉納されている。
27日・・・煎茶献茶祭 平安神宮
1日・・・八朔祭 岩屋神社
6日・・・・八朔祭 松雄大社
9日・・・・重陽祭 市比 賣神社 車折神社 法輪寺
重陽の神事と烏相撲 上賀茂神社
12日・・・御香宮神能 御香宮神者
五ノ庚申 八坂庚申堂
15日・・・岩清水祭 岩清水神社
義経祭 鞍馬寺
放生会 本能寺 三宅八幡宮
手づくり市 百万遍・知恩寺
17日・・・甲子大祭 松ケ崎大黒天
御嵯峨天皇の御所谷参拝 八瀬天満宮
18日・・・豊国神社大祭 豊国神社
豊国神社献茶祭(薮内家) 豊国神社
萩まつり 梨木神社 (~21日)
20日・・・東寺宝物館秋期特別展 東寺(~11/25)
21日・・・敬老祭 地主神社
秋期例大祭・薪能奉納 白峯神社
弘法市 東寺
23日・・・晴明祭 晴明神社
秋季彼岸会 各寺
25日・・・天神市(天神さん) 北野天満宮
27日・・・煎茶献茶祭 平安神宮
名刺感謝祭 恵比寿神社
28日・・・・道元禅師開山忌 興聖寺
櫛祭 安井金比羅宮
・・・以下は『久のひとこと』の『京都ぶらぶら』のブログより・・・・
『道元禅師』 (← ↑詳しく見る) の「荼毘(だび)遺跡」がありました。
京都ぶらぶら 八坂・祇園 『道元禅師ゆかり 』 エッこんな所に!
「久」の撮影
禅宗・曹洞宗大本山『永平寺』・・福井市 を目指す「道元禅師慕古の旅」の一行
が8月26日、京都市から出発した。・・・・・・・・・・続きは「京日記」を見る ← クリックする
●久のひとこと・・・・『道元禅師』が京都で「荼毘(だび)」にふされ、その「荼毘(だび)遺跡」
が円山公園・野外コンサートホールのスグ近くにあります。皆さん知って
いましたか?!? そーなんです--あるんです。
皆さんが良く歩いている所から何筋か行った所に!! 『京都の歴史』です。
・・・・以下は『久のひとこと』の『京都ぶらぶら』のブログより・・・・
『道元禅師』 (←詳しく見る) の「荼毘(だび)遺跡」がありました。
●久のひとこと・・・百回以上この辺りを『京都ぶらぶら』していましたが、ゆっくりキョロキョロ
歩いていたら見つけました。 参った!参った! 今までは何を見ていたのか。
三十有余年京都ぶらぶら していながら・・・これが1200年の歴史。まだまだ知らんことばかり。
修学旅行や2~3回 来ただけで『京都』を知ったつもりにならないで「ぶらぶら」歩いて遺跡、碑
菓子、料理、観光スポット、桜・紅葉等いつの季節も良いですので おいでやす京都へ。
梅が蕾で~~
昨年秋の紅葉シーズンの久の撮影
京都の晩夏の嵯峨野・風物詩として有名な『千灯供養』が23日夜
『化野(あだしの)念仏寺』で営まれ、約8000体の石仏や石塔に
ローソクを灯し供養した。
夜の写真・記事を見る ← クリックする
●久のひとこと・・・「恋愛もの」や「京都OO殺人事件」のドラマの舞台によく登場
するので見たことはあると思います。 化野は『あだし(化:ばけ)の』と
読み、古くは埋葬の地で多くは無縁仏でした。明治時代に集めて供養するように
なったのが始まりといわれる。以前は嵯峨野のはずれの感じで訪れる人も少な
かったが最近では人気スポットである。少し足を延ばすと『愛宕(あたご)山』の麓で
『愛宕(お た ぎ)念仏寺』があり、『久のおススメ』です。
「久のブログ」の『嵯峨野・嵐山めぐり 化野念仏寺』を見る ← クリックする
『銀閣寺』参道の「足利義政公」・近習頭の『世續(よつぎ)家のご先祖』が拝領した地に
現在は『世續茶屋』が営まれています。
↓世續茶屋・・写真は送り火の消し炭集め帰りの写真・・『久』の撮影:23時ごろ
「銀閣寺」からスグの「大文字山」の登山路へ行く「八神社」を右折する角に
この表札のお屋敷があります。
●久のひとこと・・・大文字山(如意ケ嶽)へ下見に登った時に『何と読むのか どういう
家なのか』と思ってこの屋敷の前を通りました。
スゴイ歴史・由来の家ですネ!!
そのお屋敷から登山路スグにこの碑があります。
中尾城を詳しく見る ← クリックする
いよいよ大文字点火・・午後8時
熱い熱い・・『大文字保存会』の人が燃え移らないに行動しています。
大文字を見る人々・・参考写真
ここから下は時間の経過を追った写真です
割り木に願を書く『久』・・16日早朝
今日の相棒『後藤氏』・・元・友禅職人-現在求職中・・オッチャン・フリーター
この『銀閣寺』の碑・入口前に『割り木・護摩木』受付のテントがあります。
割り木・護摩木受付・・・大文字保存会(15日午後と16日午前限り)
積み上げられた『割り木』の山・・・コレが見る見る減っていきます。・・数量は限定
●久のひとこと・・・たくさん用意された『割り木』が一人・一家で5本、6本~とまとめて
買って、願を書いていかれるので、アッという間に減っていきます。『大文字
保存会』の『割り木・護摩木』受付は15日午後と16日午前限定で『割り木』は
ずいぶん早くなくなる年もあるとか!!
2月から準備するそうです。・・ 大文字保存会幹部によると!
この代金が貴重な活動資金になるとか・・『久』は代金の他に少しだけ『志納』させて
いただきました。
割り木・護摩木を運ぶリフト
帰りの空のリフト
やっと大文字山に・・右手に虫除け器(電池式) 左手にタオル
首からは「久の愛用」の『一澤信三郎帆布 の肩掛けバッグ』 Aー4サイズで
便利(発注後 数ケ月待ちました)
右手の吹流しで風向き・風の強さを見る・・火の向きを見る大変大事なもの。
大火床に立つ方。・・後はガケ、後方は京都市街。・・御所も見えます。
午後3時ころからボランティアによる手渡しによる割り木運びが始まる
↓ お父さんと一緒・・重たいナァ・・こうして伝統をお教え伝えていく。
とりあえず分配しました。
火床に置きました。・・赤いポリタンクには消火用の水が!!
燃えやすい松の葉を持って上る保存会会員・・急な階段に重い松の葉
ボランティアの人々はこのバッジをつけて参加します。
『選考は難しいのヨ!!』と会員の方の談・・来年も元気で参加しょうと言っていました。
ワシは大文字保存会会員ダァ~・・・キャップがカッコイイ!
テレビの取材の人も待ち、待ち、まち・・・「NHK」だったかナァ!!
大文寺保存会の法被を着た『久』・・・どうだ、ドウダ 参ったか!・・
背景は『御所』と京都市街
積み方を指導するベテラン・・来年は00チャンがリーダーやで~・・そんなん無理やワァ!
↑ お父さんに積み方を教えてもらう兄弟
↓ ワイワイ言いながら積み上げるファミリー・・ああだ、こうだ言いながら一家団結
準備完了・・ア~ア~ 、ビールが上手い。この時があるから止められんワァ!
『大文字保存会幹部』・・小頭(こがしら)さん?・・ワシのいうことを聞かんと許さん?!
綺麗に積上がり完成!
夕立に備えビニールを掛けたらもう中止はありません。・・某幹部談
先輩の指導を受ける新米消防士・・点火前にまわりの延焼を防ぐ為に放水!
ウヮ~すごい勢いダア~!
草になどに燃え広がった時に消すための『びしゃご』
いよいよ点火に期待が高まる午後7時過ぎ。・・・夕焼けの残照が素適です。
いよいよ『点火』・・・午後8時
延焼を防ぐのに懸命な会員?・・熱い熱い たまらんワァ!
消火後、熱いなか消し炭を探す大学生・・良いのは「大文字保存会」が持って帰った!
最後の最後まで燃え残っていた最大火床の前で・・『京都ぶらぶら 久のひとこと』の
『久』です。 京都ぶらぶら中、見かけたら声をかけてください。
頭には『ヘッドライト』 手には軍手に金ハサミ。
上の『大火床』の昼の写真・・こんなに大きいのですヨ!
人の大きさと比較してみてください。
帰りの家、家にこの『弘法大師』の提灯が掲げられていました。大文字保存会の家か?
●久のひとこと・・・朝から夜遅くまで『素晴らしい』そして『長~い、長~い』一日でした。
改めて色々なことを教えられ、学んだ一日でした。京都の奥深さに触れ
一層、京都が好きになりました。 しかしながら疲れた、疲れた、疲労困憊です。
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大文字送り火・浄土院の護摩木祈願のブログを見る ← クリックする
●久のひとこと・・・このブログを見るだけでも『大文字の送り火』の大変な苦労が
良く判ると思います。 ⇔ ⇔ ⇔「久のブログ」の最大力作です。
お盆に先祖を向かえるための壬生六斉念仏が中京区の壬生寺であり、
約150人が鉦や笛、太鼓の音色に合わせた踊りに見入っていた。
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●久のひとこと・・・壬生寺は「壬生狂言」や「壬生六斉念仏」で有名です。
又、『新撰組』ゆかりの地としても有名です。「阪急電車 大宮」駅
からは徒歩圏内です。
大和大路松原 『六道珍皇寺(ろくどうちんこうじ)』
「八(はち)神社」は「銀閣寺」「浄土院」のスグ北にあります。
創建は大同(806年)以前とも延喜年間(901~922年)とも伝えられる。
阿吽(あ うん)のコマ犬(高麗犬、狛犬) ↑ [『吽』 ↓ 『阿』
この如意ケ嶽(大文字山 )の麓に『八神社』 ←クリックして見る・・ がある
●久のひとこと・・・京都には今は小さく何の変哲もない神社・寺院でもかっては大きかったり
非常に歴史・格式のあるところが多くある。 それらを「京都ぶらぶら」する
のも大変面白し新しい発見がある。
明治32年発行の『「全国市町村便覧」(大阪・盛業館発行)を入手しました。
京都市は当時、区は上京区・下京区のみで他は『山城国00郡00村』でした。
例として山城国・愛宕(おたぎ)郡・修学院村 鞍馬口村 上賀茂村 下鴨村
山城国・紀伊郡・・ 吉祥院村 上鳥羽村 深草村 伏見村
山城国・宇治郡・・ 宇治村 山科村 醍醐村 笠取村
山城国・綴喜(つづき)郡・・ 八幡村 大住村 田辺村 青谷村 宇治田原村
山城国・相楽(さがら)郡・・ 棚倉村 高麗(こま)村 狛田(こまだ)村 木津村
●久のひとこと・・・現在の京都とほとんど同じだが、『愛宕(おたぎ)郡』・・現在でも
「愛宕(注・おたぎ)念仏寺」、「愛宕(注・あたご)山」・・が珍しい。 又、
『紀伊郡』・・現在は無い・・の名が見られる。高麗(こま)村・狛田(こまだ)村
など昔々『渡来人』が住み着いたといわれる名残りもある。
●●●『久』も出身地の(京都で無く関西ですが)懐かしい地名を見ていたら、アッという間に
数時間経ってしまいました。
網干、阿保、英賀保など珍しくも懐かしい名ですが、皆様、読めますか!?
1日・・・八朔 五花街
如法写経会 鞍馬寺・~3日
4日・・・例大祭 北野」天満宮
6日・・・夏越神事・矢取り神事 下鴨神社
7日・・・お精霊迎え 千本えんま堂
六道参り 六道珍皇寺・~10日
五条坂夏の陶器まつり ~10日
保津川花火大会 保津大橋
8日・・・六波羅蜜寺万灯会 ~10日・16日
精霊迎えと六道まいり 千本釈迦堂・~12日・16日
9日・・・盂蘭盆万灯供養会 壬生寺・~16日
千日詣 清水寺・~16日
10日・・・宇治川花火大会
14日・・・清水寺夜の特別拝観/千日詣 ~16日
三千院万灯会 ~15日
東大谷万灯会 大谷祖先廟・ ~16日
万灯祭 車折神社・~16日
東大谷万灯会・・大谷祖先廟
15日・・・千本六斎念仏奉納 千本えんま堂
手づくり市 百万編・知恩寺
花背松上げ
16日・・・大文字五山送り火 ← 『割り木・護摩木』を見る
お精霊送り 千本えんま堂・~午後5時
嵐山灯籠流し 渡月橋
広沢池灯籠流し
20日・・・宵弘法(万灯会) 大覚寺・広沢池
21日・・・弘法市 東寺
22日・・・今日の六地蔵めぐり ~23日
23日・・・千灯供養 化野念仏寺・~24日
24日・・・雲ケ畑松上げ
広河原松上げ
25日・・・北野天神市(縁日) 北野天満宮
28日・・・放生会 三千院
30日・・・嵯峨天皇祭 梅宮神社
『茅(ち)の輪』・・・参考写真です
祗園祭の『夏越祭・・なごしさい』が31日、八坂神社の境内摂社・疫(えき)神社で行われ、
参拝者が『『茅の輪』をくぐって厄を払い、『護符』を授かった。・・・続く・・・
写真・記事を詳しく見る ← クリックする
●久のひとこと・・・7月1日に始まった『祗園祭』の数多くの神事・行事が無事に
終わりました。『稚児・禿(かむろ)』さんはじめ皆様。大役ご苦労様でした。
『空也堂』 四条通油小路二筋上る(北へ) 西すぐ・・・正式住所は下の写真で!!
天慶二年(939) 空也上人の開創で、・・・『王服茶(おうぶくちゃ)』の献茶式の後、
空也僧による歓喜踊躍(かんぎゆうやく)念仏と六斉(ろくさい)念仏焼香式が奉修される。
●久のひとこと・・・当初、空也上人はココに住んでいたといわれる 。
『王服茶(おうぶくちゃ)』は一般的には『大福茶(おおぶくちゃ)』としてのほうが
通りが良い。『北野天満宮』の正月『大福茶(おおぶくちゃ)』用の梅は人気です。
『北野天満宮』の正月用『大福茶(おおぶくちゃ)』の梅を干す『大暑の日』 ←ブログを見る
↑ 上の案内板をクリックすると拡大して詳しく見られる。
●久のひとこと・・・ここを東に行くとスグ『元・本能寺』です。・・・織田信長が攻められたところ。
現 ・本能寺はここから東南数キロにあります(京都市役所近く)
●久のひとこと・・・四条傘鉾の近くにはブログ「久のひとこと」 に紹介した所が下にあります。
是非 『京都ぶらぶら』 してみてください。
①雁金屋大嶋(大嶋結納店)・・京都最古の結納店、小笠原流唯一御用達
故・先代は前・四条傘鉾保存会会長 四条通り西洞院西入る南側
②ブリキのおもちゃと人形博物館・・・日本トップクラスの収集品の展示
四条通り西洞院 (油小路)西入る南側
③小野小町の化粧水碑・・・小野小町が使ったといわれる
四条通り西洞院南東角
④小野小町の化粧水の井戸=京町屋、化粧水の井戸水が飲める
四条通り西洞院西入る北側 (マイルドでオイシイ)
⑤老舗漬物舗 9代目・『総本家 近清』・・・新撰組も食べた
四条通り西洞院上る東側
⑥野口家住宅・・・京町屋の代表格 四条通り油小路上る
⑦元・本能寺・・・織田信長が明智光秀に討たれた寺跡(現・本能寺は別場所)
四条通り油小路(蛸薬師)上る
祗園祭の『神輿(みこし)洗い』も『神事』が鴨川の四条大橋で行われた。神輿に
川の水を振りかけ、10日に迎えた水の神様を鴨川へ送った・・・・続く
記事・写真を見る ← クリックする
●久のひとこと・・・いよいよ祗園祭も最終に向っています。 7月31日まで
今年はブログ『久のひとこと』で祗園祭のスケジュールを追っかけましたが、
本当にたくさんの神事・行事があり、大変勉強になりました。
京都御苑から『(右)大文字』を写す。(久の撮影)
●久のひとこと・・・「大文字」・如意ケ嶽の「右大文字」=京都市民は右をつけない。
↑ 『宝珠護摩祈願』の参考例です。コレをご参考に書いてください。
「大文字山」こと如意ケ嶽にやっと運び上げた『割り木・・祈願が書かれている』
↑ こうして『割り木・・大文字山の松の木』 が火床に組上げられる。
↓ 点火・・緊張が最高潮に!!
●久のひとこと・・・テレビ等に良く映っている『割り木の護摩木』-400円は
『大文字保存会(48戸)』のみの管轄で受付は前日15日(土)午後と
当日16日(日)午前中のみです。 お間違いないように!銀閣寺正門前で受付
●銀閣寺正門前で受付・・『割り木(大文字山の松の薪)』にご先祖様の戒名・所願等
を記入の上、志納し保存会会員・ボランティアが交代でします。暑い中、
大変大勢の人々が『割り木・護摩木』奉納に訪れます。
●割り木・護摩木の運搬・・火床近くの高さまで運ばれ、積み上げられた『割り木』や
護摩木をボーイスカウト・ボランティアなどが流れ作業で中心の金尾
近くまで運び その後、『大』の字の流れに沿った階段に移動し、各
火床まで再び薪のリレーをします。各火床に割り木は5束、護摩木は
1箱、消火用の水ポリタンク1つを用意します。そして麦わらや松葉を加え、
火をおこりやすくだけでなく、崩れにくく・火が長持ちするよう細心の注意を
しながら、組み上げ・作業をします。
●読経・・『銀閣寺執事長』の祈祷がささげられ、その20分後に飾りつけられた
『大師堂』にて 『浄土院の住職』と共に『大文字保存会会員』が読経を行います。
厳かな読経と共にしだいに緊張が高まります。
『銀閣寺』の正式名は『慈照寺』です。一般的には銀閣寺の方が判りやすい
ちなみに『金閣寺』の正式名は『鹿苑寺』です・・いずれも『相国寺 しょうこくじ』
の所属です。 ↑ 詳しく見る
「銀閣寺」への一般客の参道・・この日は雨でいつもと違ったしっとりした風情です。
↑ クリックして拡大して見る
祗園祭の『還幸祭』が24日夕・夜に京都一の繁華街「四条河原町」西で行われた。
3基の神輿が鎮座していた四条御旅所を午後5時から順に出発して八坂神社帰った。
●久のひとこと・・・「四条河原町」に用事があったので市バスで河原町通を下って(南行)して
いたら、動かないこと動かないこと-ドナイナットンダ~ 運転手さんは何か
モゴモゴ案内しているが何を言っているか判らない。車内を見ると案内が貼って
いたので納得。「四条河原町」に着いたら『還幸祭』でした。
数十年、京都に住んでいるが初めてでした。 市バスさん腹を立ててゴメン。
『還幸祭』を見ることができ、写真が取れたので有り難とう。
動画・写真・記事を見る ← ← クリックする
若いものに混じってオジサンも! 『血沸き、肉踊る・・まだまだ若いものに負けへん~』
「集まれ」と号令が!
この提灯もはずして神輿とともに移動します。
神幸祭のブログ『久のひとこと』を見る ← クリックする
京都ぶらぶら 祗園祭 『神輿祭 掛け声熱く、神輿躍動』 四条御旅所へ
一年で一番暑さが最も厳しい時期とされる『大暑』の23日上京区の『北野天満宮=
北野(の天満)さん』で、恒例の「梅の天日干し」が始まった。
写真・記事を見る ←クリックする
●久のひとこと・・・『大暑の日』にお正月用の『大福茶(おおふくちゃ、おおぶくちゃ)』に
入れる梅ぼしを「1か月」かけて干すのです。
さすが京都ですネ!
以前のブログ『久のひとこと』を見る ← クリックする
↑ 『函谷(かんこ)鉾』と高いビル・・久の撮影
「昔は鉾が大きかった」。『函谷(かんこ)鉾保存会』の御池吉三理事長(79)は振り返る。
子供の頃、四条通に軒を連ねる商店は木造で、鉾より高い建物は百貨店ぐらいだった。
その後、鉾を見下ろすビルが次々と建つ。山鉾町も過疎化やマンションとの共存といった
課題を抱える。 突然ビルに歓声がこだました。四条河原町で、豪快な辻回しだ。
沿道の風景が移ろっても、伝統の技は脈々と受け継がれていく。
見慣れた町並みも、昔ながらの営みも、日々刻々姿を変えていく。
古都は寄せる『ネオ(新しい)』の波に現れ昇華する。・・・京都新聞より
●久のひとこと・・・『長刀鉾・月鉾・菊水鉾・函谷(かんこ)鉾』など10mくらい有る山鉾は
まだまだ目立ちますが、狭い小路の間にある山鉾は探すのに苦労する
ことも~~。
京都の繁華街『四条河原町』から 少し南西に行った所に「酉歳(とりどし)一生の守本尊」
『南岩倉』があります。隣は高いマンションです。
●久のひとこと・・・京都にはアチコチに地元の人に守られている お堂や地蔵さんが
多く有ります。最近はマンションの谷間になっているところも多く
それを 「京都ぶらぶら」 して見つけるのも面白いことです。
下京区松原通麩屋町東入る石不動之町にある明王院は、小さな街中のお寺です。
情報の少ないお寺ですが、境内に小さな京都市観光課の駒札(説明板)があります。
少しだけ書いてみますと・・・
明王院不動寺は、山号を青連山という真言宗東寺派の寺院で、松原通りに面している
ことから「松原不動」、北向きであることから「北向き不動」とも呼ばれています。
正確な創建年代は不明ですが、寺伝によると、創建は『朱雀年間(672)』に道観
大徳(どうかんだいとく)和尚が法相宗寺院として創建しましたが、平安時代初めに
弘法大師空海が自作の石造不動明王像を安置して以降は、真言宗に改められたと
いうことです。また、桓武天皇が、平安京の王城鎮護のために、都の東西南北に
一切経の経巻を納めた「平安京四岩倉(磐座)」一つで、明王院不動寺は、「南岩倉」
だったと伝えられます。
この桓武天皇が平安京の東西南北に置いた「岩倉(磐座)」は、以下のようだった様です。
●北岩倉・・・山住神社(左京区岩倉河原町
●西岩倉・・・金蔵寺(西京区大原野石作町
●東岩倉・・・観勝寺(左京区粟田口大日町 大日山(東岩倉山)にあったが『応仁の乱』
で焼失)
●南岩倉・・・明王院不動寺(下京区石不動之町)・・現在も明王院不動寺の本堂には
「南岩倉」の扁額が掛かります。
その後、天暦年間(947~956)には、賀茂川の氾濫によって堂舎がすべて流没し、
一時、比叡山の苔筵法師(たいえんほうし)によって、再興されたともいわれ、室町時代
の『応仁の乱』で再び荒廃しました。そして、天正十四年(1586)、秀吉が『聚楽第』を
築いた際、荒れ果てていた『明王院不動』寺に残っていた苔むした本尊不動明王像を
聚楽第に持ち帰ったところ、毎夜、不思議な霊光を放ったので、再びこの地に戻して
堂舎を建立して祀ったとも伝わります。
『京都学・前衛都市 モダニズムの京都展』・・1895~1930
(~7/20・月) 京都国立近代美術館
●久のひとこと・・・ 京都が元気だった明治中期からの頃の建築・工芸・絵画など
の展覧会に行ってきました。K新聞の方2人と学芸員Aさんと先日
飲み会をした時、話題になったが私だけ行ってなかったので観てきました。
大変、良い展覧会で近代京都の頑張り・歩みがよくわかる催でした。
100年前の電気自動車『デトロイト号』
電気自動車『デトロイト号』 の素適なステップ台
100年前の電気自動車『デトロイト号』 はGS電池の社長だった『源蔵 島津
GENNZOU・SIMADU』の頭文字からきているそうです。
●・久のひとこと・・・京都国立近代美術館の1Fは全面ガラス張りで革張りの豪華な
椅子が窓の方を向いているので、少し疲れたらここに座ってガラス越しに琵琶湖疏水
と緑を見て癒します。・・1Fは無料で入場でき、喫茶(有料)もあります。
京都国立近代美術館・・正面玄関前から(久の撮影)
琵琶湖疏水と 京都国立近代美術館(右手の建物)
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囃子にあわせて棒を巧みに回したり踊りながら太鼓や鉦をたたく。・・洛央小学校の児童
四条通西洞院西入る
●久のひとこと・・・棒を持っている児童の髪はモンゴルの馬の良い毛で、一つウン十万
するとか。又、バランスを保つ為に大きくなりすぎた児童は選ばれないとか!!
新聞記事を見る ← クリックする
↑ 写真をクリックすると拡大する (このブログの写真はほとんど全ても)
四条通西洞院から月鉾・長刀鉾・祗園・八坂方面を写す
宵山の写真・記事を見る ← クリックする
「京都 月-炭火焼肉」の『黒毛和牛とろ丼牛セット(キムチ・スープ付き) 980円
四条通柳馬場(やなぎのばんば)西入る北側 京都ビル2F 075-211-7757
昼なのにこの雰囲気・・・・チョット暗すぎるかナァ!? (夜なら良いが・・)

●久のひとこと・・・祗園祭の『長刀鉾』の鉾建て の後、以前何かで見て記憶に有った
所でランチ。山形牛の『黒毛和牛とろ丼セット(キムチ・スープ付き) 980円』
--数量限定 を注文しました。まぐろのトロとは少し違ってホンのわずか肉の
感じが残ってはいるようだがトロと間違えるばかりの美味です。スープもしっかりと
味が付いていてGOODです。(スープとは名ばかりのおざなりの付属のスープが
多いなか)・・他には『こだわり肉定食 (スープ付き 880円)』 もあります。
大変雰囲気が良いので今度、夜に行ってみたいと考えています。
『花灯路』時のいけばな展示・・・参考写真(久の撮影)
八坂神社・・・久の撮影
祗園祭をさまざまな流派のいけばなで彩る『第25回いけばな展-祗園祭にいける』が
15日東山区の八坂神社・祗園石段下から四条烏丸にかけて四条通に面した店舗の
ショーウインドーで始まった。・・・・・・続きは → 関連記事を見る ← クリックする
●久のひとこと・・・京都には『池坊』 『嵯峨御流』はじめ多くのいけばなの流派がありますが、
祗園祭とのコラボも良いですネ!!
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旧家の秘蔵品の披露・・・・参考写真(久の撮影)・・・杉本家では有りません
『杉本家住宅』・・・下京区綾小路新町西入る・京都市指定有形文化財で『祗園会屏風祭』
が始まった。江戸時代の絵師・俵屋宗達の『秋草図屏風』をはじめ杉本家保管の貴重な屏風絵
が並び、市民や観光客を魅了している・・・続く ← 記事・写真を見る
●久のひとこと・・『杉本家住宅』は京都の繁華街・オフィス街からスグ近くにあり、山鉾の
会所にもなっていて住宅も開放していますので、是非どうぞ!・・有料
八坂神社へ向う馬上で笑顔を見せる長刀鉾の稚児 『今西優太朗』君・・・続く・・・
続きの記事・写真を見る ← クリックする
●久のひとこと・・・長刀鉾の稚児は神の使いとなり五位少将・10万石の大名の
格式を持つといわれ、祗園祭の間は「胡瓜」を食べない。八坂神社の紋が胡瓜の
切り口に似ているから。 又食事は男性が用意をするとか!!
円山公園音楽堂前にある『大雲院 祗園閣』・・・ 参考写真(久の撮影)
今年で事実上の最終回となる京の夏の風物詩「宵々山コンサート」が12日、東山区の
円山公園音楽堂で行われた。フォークシンガー「高石ともや」さんと放送作家「永六輔」
さんが始め・・・・続くの写真・記事を見る ← クリックする
●久のひとこと・・・フォークソングが大流行したことがありました。ギター1本で皆が
大合唱でき、ほとんどの若者(当時の!)ジーンズをはいていました。
懐かしいですね。『久』も当時はウエスト70cmもなく、体重は50kgくらいで
現在のウエスト90cm超えの姿を見られると本当とは思ってもらえませんネ!!
京都ぶらぶら 八坂神社~高台寺 『大雲院・祇園閣 石川五右衛門の墓』
◎「大雲院 祇園閣」
大雲院は元「四条河原町の京都高島屋」南にあって
「石川五右衛門」の墓があり、お参りするとバクチに勝てると人気がありました。
祇園閣は元高島屋の所有で以前に高島屋が拡張の時、もとの大雲院と交換をしたものです。
祇園閣の上に登ると京都市内が見渡せます。 (一般の方は登れないようです?)
●久のひとこと・・・・http://www.kyyyo.jp
久は以前に何回も登ったことがあります。それはそれは!!!
囃子の練習に行くヤング囃子方・・頑張ってネェ!!・・・ 参考写真
17日の山鉾巡行を前に菊水鉾と四条傘鉾の囃子方が京都一の繁華街・河原町の
商店街を錬り歩き、道行く人に笛や鉦、太鼓の演奏を披露した。
・・・記事・写真の続きを見る ← クリックする
●久のひとこと・・・四条傘鉾の近くにはブログ「久のひとこと」 に紹介した所があります。
是非 『京都ぶらぶら』 してみてください。
①雁金屋大嶋(大嶋結納店)・・京都最古の結納店小笠原流唯一御用達
故・先代は前・四条傘鉾保存会会長 四条通り西洞院西入る南側
②ブリキのおもちゃと人形博物館・・・日本トップクラスの収集品の展示
四条通り西洞院 (油小路)西入る南側
③小野小町の化粧水碑・・・小野小町が使ったといわれる
四条通り西洞院南東角
④小野小町の化粧水の井戸=京町屋、化粧水の井戸水が飲める
四条通り西洞院西入る北側
⑤老舗漬物舗 9代目・『総本家 近清』・・・新撰組も食べた
四条通り西洞院上る東側
⑥野口家住宅・・・京町屋の代表格 四条通り油小路上る
⑦元・本能寺・・・織田信長が明智光秀に討たれた寺跡(現・本能寺は別場所)
四条通り油小路(蛸薬師)上る
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新町通りの旧家の座敷に飾っているミニ山鉾・・・参考写真(久の撮影)
京都市南区のアロハシャツの図案制作を手がける竹島千尋さん(73)が祗園祭の
山鉾のミニチュアを30年間かかって集め、毎年7月自宅の床の間に飾って・・・・続く
続きの記事・写真を見る ← クリックして見る
八坂神社の本殿(重要文化財)
四条通りの東つき当たり『八坂神社の西楼門』
祗園祭の『綾傘鉾』(下京区綾小路室町通西入る)の稚児に選ばれた5~8歳の男児
6人が7日、八坂神社を社参し、山鉾巡行本番(17日)の無事を祈願した。
午後2時半、稚児6人は烏帽子(えぼし)に狩衣(かりぎぬ)を身に着け、朱の傘を差されて
南楼門から境内に入った。 ・・続く・・ 続きの写真・記事を見る ← クリックする
●久のひとこと・・・八坂神社は四条通り 『西楼門』 からの出入りが多く、この門が正門だと
思っている人が多いが、南門つまり『南楼門』が正門です。
神社の「正楼門」は基本的には本殿が南向きなので南からの楼門が正門です。
普段は気にかけないですが、この次は行かれた神社で確認してみてください。
| 葵祭の行列 優雅によみがえる 橋弁慶山胴掛200年ぶりに復元 | ||
祇園祭の橋弁慶山保存会(京都市中京区蛸薬師通室町東入ル)は7日、200年ぶりに復元新調した胴掛「加茂葵祭行列図」の左面を公開した。葵祭の祭列がつづれ織りの精巧な仕立てで絵画のようによみがえった。 もとの胴掛は円山派絵師の原画と伝わり、1809(文化6)年に制作された。長年の使用で色落ちや糸の損傷が著しかったため、一昨年から復元新調に取り掛かった。 左面は縦1・4メートル、横3メートル。葵祭で勅使や風流傘(ふりゅうがさ)など一行が都を練る様子をつづれ織りで表現した。費用は1950万円。14~16日、町会所に飾る。
残る右面は現在作業中で、両面がそろう2011年に山鉾巡行で披露する。 保存会の那須明夫理事長(69)は「当時の懸装品は渡来品や中国の故事にちなんだ 図柄が多い中、町内の先人は独自の感性で日本古来の風流の趣向を追求したの だろう」と話した。 ・・・・・・京都新聞より |
●久のひとこと・・・橋弁慶山 (←クリックして見る) はあまり名はしられていませんが、
14~16日(宵々山~宵山)に町会所で飾られみられますので今年は 是非、見所の
一つに加えてみては!!
上2枚の写真は車輪の参考写真です・・・久の撮影
●●昨年の夏まで活躍していた『船鉾の車輪』(1892年製)の車輪が長い使命を
終え新旧交代して、京都大学に寄託され余生を過ごす。宇治の京都大生存圏
研究所で分析の資料として研究され、今秋から見学者向けに公開する。
記事・写真を見る ← クリックして見る
船鉾保存会・・・・ 『船鉾保存会』の丸橋博之・理事によると、「この鉾の本体は
この町に『蔵』があったおかげで、蛤御門の変(はまぐりごもんのへん)でも戦火
に遭わずにすんだ。 車輪だけが焼けてしまって、120年前に『新調』したが、
そろそろガタが来ているので新しくする予定だ。赤樫という特別に堅い木で、
1輪で約150万以上、4輪で600万以上かかる、 いろいろと頭が痛い問題だ」
と語っておられた。
●久のひとこと・・・・祗園祭の山鉾の車輪は大きいモノは直径薬2メートルあり
大人の身長より高いものもあります。毎年、巡行するので長い間には痛んで
来るのでしょう。新しい車輪・車体を作る時は行政を筆頭にみんなで応援しましょう!
祗園祭の山鉾の一つ、船鉾保存会は3日、神事始めの一つ『吉符入り』に合わせて
『神面改め』の儀式を町内会で営んだ。古来伝わる神面を神妙に掲げて無事を確かめた。
・・・・続く・・・・ 続きの記事・写真を見る ← クリックして見る
「神面(室町・江戸時代)改め」 ← クリックして見る
船鉾保存会・・・・ 『船鉾保存会』の丸橋博之・理事によると、「この鉾の本体は
この町に『蔵』があったおかげで、蛤御門の変(はまぐりごもんのへん)でも戦火
に遭わずにすんだ。 車輪だけが焼けてしまって、120年前に『新調』したが、
そろそろガタが来ているので新しくする予定だ。赤樫という特別に堅い木で、
1輪で約150万以上、4輪で600万以上かかる、 いろいろと頭が痛い問題だ」
と語っておられた。
●久のひとこと・・・・毎日毎日、次から次へと祗園祭の神事・行事があります・
去年は主に現地の写真を撮り(色々珍しい??) ましたが、今年は記事・写真を
出来るだけ追ってみたいと思います。コレまで漠然と記事を見ていましたが、なんと
『祗園祭』の広く・深いことに改めて気づかされました。
「京都の歴史「 「京都の祭・イベント」です。
参考写真
祗園祭の山鉾巡行の巡行順や天気などの記録をまとめたCD『祗園祭 山鉾巡行史
平成版』が完成した。 白楽天山保存会(下京区室町通綾小路下る)の「福井貫二
理事長)が編集した1973('昭和48年)までの巡行をまとめた亡父の遺志を継いだ。
亡父の秀一さんは68年に『近世祗園祭 山鉾巡行史」を著し、74年に改正版を出した。
更なる改訂を計画していたが98年に亡くなり、福井さんが2年前から平成版のための
調査を始めた。 平成版は74年以降の巡行順を新たに加え、各年の巡行順を一覧表
にしている。 1602年(慶長7年)までさかのぼっているが、ほぼ全容が判明している
のは1820年代まで。 それ以前は断片的だったり、白楽天山の記録のみとなる。
平成版では新たに宵々々山から宵山(14日~16日)と山鉾巡行(17日)の人出数と
天気、山鉾を曳いたり、担いだりするボランティア数を盛り込んだ。近年の研究者の文献
から、16世紀の祗園祭関連の記載も加えた。
祗園祭の起源などには触れず、記録のみに特化している。福井さんは『楽しい読物ではなく
いかに事実を正確に伝えるかを重視しました』と話す。 1500円で祗園祭山鉾連合会
(中京区室町通錦上る)で販売する。A-4版でコピーすれば約270ページになる。
●久のひとこと・・・京都の町衆の祗園祭に対する並々ならぬ努力・エネルギーに頭が下ります。
200年近くの記録がまとめられるとは『京都の歴史』 です。
白楽天山保存会を見る ← クリック
お宝を披露している旧家・・久の撮影![]()
祗園祭の山鉾巡行で先頭を行く『長刀鉾』のひな型が見つかった。江戸時代後期の
1830~40年の間に長刀鉾を手がけた絵師や職人によって作られ、軒の裏絵や欄縁
の飾り金具など精巧で豪華に再現されている。・・・続く・・・・
続きの記事・写真を見る ← クリックする
●久のひとこと・・・『長刀鉾』は くじ取り とは関係なく必ず先頭を行く。鉾の一番上に
付けた『長刀』の刃は御所の方へ向けないとか!!
四条通り 東大路通りから「八坂神社」を撮る
京都の暑い夏を彩る祇園祭が1日、幕開けした。京都市中京、下京区の多くの山鉾町が神事
始めの『吉符入り』を迎え、長刀鉾(下京区)の稚児は八坂神社(東山区)に参拝、祭りの無事を
祈願する『お千度の儀』に臨んだ。 今年の稚児を務める今西優太朗君(9)、禿(かむろ)の
宮下凌太朗君(10)、深田直貴君(9)と長刀鉾保存会の ・・・続く・・・
・・・続きの記事・写真を見る ← クリックする
●久のひとこと・・・祗園祭は7月1日から7月31日までの一ヶ月の長期間です。
稚児・禿さんは長丁場ですので健康に留意して大役を務めあげてください。
「久のひとこと」ブログで昨年は色々細かい所まで取材に行きましたが、今年は加えて
出来るだけ記事を紹介して行きますので引き続きご覧下さい。
あまり綺麗でない二条城の堀の水
二条城 正門 上の写真2枚は「京都 久」の撮影
二条城(京都市中京区)の外堀の水質浄化を目指し、京都室町ライオンズクラブの
メンバーと京都精華大学(左京区)の板倉教授が29日、850袋の竹炭2・6トンを沈めた。
浄化活動はクラブの30周年記念行事で3年間続ける。
竹炭を3キロずつ詰めた袋を定期的に交換しながら、3カ月ごとに水質の状態を記録し、
透明度などを分析する。メンバーは焼く5時間かけ緑色に変色した外堀に1・8メートル間隔
で袋を投げ入れた。板倉教授は『3年後、浄化された堀でどんな生態系が見られるか楽しみ
だと』と話した。・・・・・京都新聞より
●久のひとこと・・・二条城の「堀川通り」をはさみ東側に『暗渠だった堀川』に流れがこの3月
復活し、河川公園となり市民の散歩・憩いの場になっています。
そこでは二条城築城時--江戸時代初期の石垣の石に大名のシルシが入った石が見られます。
是非、下に下りて見て下さい。案内板が新設されスグ判ります。
京都ぶらぶら 堀川 『堀川にせせらぎ復活 』 二条橋で式典
堀川は一度暗渠にして人が降りて通れ無いようにしていたが、
この度、整備してベンチを置いたりして散策が出来るようになりました。
堀川にせせらぎ復活 二条橋で式典 ← 京都新聞の記事を見る
●久のひとこと・・・大雨が降った時の対応は考えられているのでしょうネ!
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すぐ前には『二条城』があります。夜はライトアップしているそうです。
堀川 端の桜が咲いている。 蕾も多くあり満開にはもう少し。 堀川通 二条橋
祗園祭の神輿(みこし)の一つ「中御座」を担う三若神輿(さんわかしんよ)会が28日
『吉符入り』神事を・・・・・・・・続く 続きの記事・写真を見る← クリックする
祗園祭の会所の写真・・参考写真
『吉符入り』←クリックして見る
●久のひとこと・・・祗園祭は本当に多くの神事・行事があります。全体を把握している人は役員さんでも少ないのでは??
戦国グッズの店 『戦国魂(せんごくだま』 店内には鎧・兜・家紋など右も左も戦国グッズ
でイッパイ。
釜座(かまんざ) 丸太町下がる=竹屋町丸太町上がる・・・・市バス停「府庁前」スグ
前に紹介した 超「京都 老舗」の 『松前屋』の竹屋町通をはさみ斜め前です。
●久のひとこと・・・最近、『歴女(れきじょ--歴史好きな女性)』という言葉が雑誌・テレビ
などのマスコミで良く話題になっていて、かなりポピュラーになってきています。
「久」の意見では昔から歴史好きな女性は多かったが、あまりおおっぴらに 好きだと言わ
なかった。 以前は歴史ドラマの男優は個性派が多くイケメンが少なかったが、最近は
今、放映中の『天地人』などでイケメン男優が多数出演していて一層女性の歴史好きが増え
また、堂々と歴女(れきじょ--歴史好きな女性)とと言える様になったと思われる。
この様な風潮は『鉄子--鉄道好きな女性』 (男性は鉄チャンというらしい)に始まるとか!!
この旗じるしはどの武将のものでしょうか?? → → → 答えは・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・「石田三成」です。
『戦国魂(せんごくだま)』のノレン
『戦国魂(せんごくだま)』の店の外観
●久のひとこと・・・・ 『戦国魂(せんごくだま)』 →→ 「松前屋」 →→ 「京都府庁」 → →
→ 「京都御所」は 「京都 歴史」が密度濃く残っているスポットです。
是非、『京都ぶらぶら』してください。
『宮内庁御用』の看板 創業はナント元中九年(1392年)・・コロンブスがアメリカ大陸
を発見した(1492年) ちょうど100年前です。 ウヮツ古~い。
釜座(かまんざ)通御池下る (釜座通竹屋町上る)・・京都府庁近く「バス停「府庁前」スグ)
●久のひとこと・・・京都でも超々『老舗」です。 『京都 老舗』の代表格です。
「久」は一代は25年~30年と計算しています。
↑ 後櫻町天皇御下賜の菊の御紋入りの貴重な品
松前屋 ← 詳しく見る
京都伝統伎芸振興財団(おおきに財団)の30人目の伝統伎芸に認定された。
祗園甲部の『都をどり』に半世紀の間 出演を続ける・・・・・
続きの記事・写真を見る ← クリックする
●久のひとこと・・・花街では『芸舞妓』さんと『地方(ぢかた)・・長唄、小唄、演奏をおこなう)』
さんがいます。
これは保昌山ではありません(久の撮影)
かき山はもともと人が担いでいたが、かき手の確保が難しくなり、1963年(昭和38)保昌山
(東洞院通松原上る)が最初に車輪をつけ、その後ほかの山も車輪をつけた・・・・・・・続く
続きで記事・写真を見る ← クリックする...後刻になります
保昌山を詳しく見る ← クリックする

鞍馬天狗・義経で有名な 『鞍馬神社』 『鞍馬神社』 ←クリックして詳しく見る
↓ 『阿(あ)の狛虎・・狛犬ではありません』 祀っている『毘沙門天』の
使いが虎なので『狛犬ならぬ狛虎』だそうです。
『吽(うん)の狛虎』
↑ ↑ ↑は2月の『久のひとこと』のブログの『鞍馬山』
鞍馬山・竹伐り会(え) 大蛇にエイヤッ ← 記事・写真を見る
祗園祭の伯芽山(はくがやま)保存会(綾小路通新町西入る)は18日、219年ぶりに
・・・復元新調した後掛(うしろかけ)「錦織龍文模様・・にしきおりゆうもんもよう)・・・
・・・今年の山鉾巡行(7月17日)に使うが見送りの下になって大部分が隠れてしまうため、
14日~16日に町内の会所飾りで展示する。・・・・・・・・・・
全体の記事・写真を見る ←クリックする
伯牙山 後掛「錦織龍文模様」219年ぶりに新調復元されるが費用は???
●久のひとこと・・・長刀鉾(なぎなたほこ)に続き、伯牙山(はくがやま)の後掛「錦織龍文
模様」219年ぶりに新調復元されました。費用は600万円だそうです。
伯牙山保存会の会長は杉本秀太郎氏で、杉本家住宅は代表的な京町屋で伯牙山の
会所になっていて、この期間だけ無料開放されます。
「京都の祭・イベント」 「京都の歴史」です。
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はくがやま 綾小路通新町西入 |
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中国・周時代の琴の名人伯牙が、友人、鍾子期の訃報を聞いて悲しみのため琴の弦を断ったという故事に由来しています。斧を持って琴の前に立つ人形は、怒りの目と紅潮した頬を持ち、今まさに琴をうち破ろうとしている伯牙の姿を表しています。 | ||
| 明治に名前を改めさせられるまでは"琴破山"「ことわりやま」と呼ばれていた山で、戦後に町会所が無くなってから綾小路に面した杉本家の表の間をお飾り場にしています。 | |||
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↑四条烏丸東入るに設置された 祗園祭の山鉾巡行の先頭を行く『長刀鉾』・・・昨年『久』の撮影
麒麟 目ヂカラ 長刀鉾下水引・復元新調完了
祗園祭の山鉾巡行の先頭を行く『長刀鉾』を飾る下水引「緋羅紗地五彩運雲麒麟図刺繍」
・・ひらしゃじごさいうんきりんずししゅう の右面が254年ぶりに復元新調され、長刀鉾
保存会が17日発表した。 今回で下水引の前後左右4面全ての復元新調した。・・・・・
・・・・ 続きの記事・写真を見る ← クリックする
●久のひとこと・・・長刀鉾の豪華絢爛な下水引が復元新調されました。
費用は幾ら掛かったでしょうか?→ → → → なんと1500万円です。
この費用は市・府から出ると思っている方がいらっしゃると思いますが、多くは長刀鉾
保存会の負担とか!! 「京都の祭・イベント」 「京都の歴史」ですね。
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↑ 京都一の繁華街・四条河原町での『辻回し』
祗園祭の長刀鉾が今年の稚児を町内へ迎える『結納の儀』が14日、東山区内で営まれた。
稚児の今西優太朗君(9才)の父親が経営する和菓子店(鍵善)の床の間に『祗園
牛頭(ごず)天皇』と書かれた御神号がかけられ・・・・・・・・・・・・
後の記事・写真を見る ← クリックする
長刀鉾・稚児発表 ←記事・写真を見る ← クリックしてみる
●久のひとこと・・・祗園祭は今後色々な行事・神事が7月31日までロングランで続きます。
『久のひとこと』ブログで順次紹介していきますので観てください。
代々の呉服商の町屋で元治元年(1864年)・・明治維新は1868年・・の大火の後に
再建されたもので珍しい形式である。『小堀遠州』ゆかりの部分もある。
京町屋の代表例として貴重で京都市指定有形文化財に指定された。 四条油小路上る西側
↑ 写真をクリックして拡大
四条油小路上る・・野口家住宅前 から四条通り(南方面)を撮る
●久のひとこと・・・向こうの通り(四条通り)に京都市バスが移っています。
この近くには京都最古の結納店『雁金屋大嶋』(四条通油小路東入る南側)
『ブリキのおもちゃと人形博物館』(四条通油小路西入る南側) 『元 本能寺』
『小野小町の化粧水 跡』(四条通西洞院東南角)等があり『錦市場』も徒歩10分位
のところにあり「京都ぶらぶら」にお薦めです。・・全て以前のブログ『久のひとこと』
で紹介していますので是非ご覧ください。京都の建物 京都の歴史が凝縮されている
ゾーンです。
織田信長が明智光秀に謀反で殺された『元々の本能寺』の碑・・現在の「本能寺」
(寺町御池下る・京都市役所南)はその後移転された寺院です。
中京区油小路 蛸薬師(あぶらのこうじ たこやくし 東入る)~小川通蛸薬師西入る
本能寺の『能』の左部分は『火=ヒ』を嫌い上の字が本来の字です。
「元本能寺」跡は最近まで 『本能小学校』でしたが廃校になり、現在は色々な施設に
なっています。
元の本能小学校の北東角の蛸薬師小川通りから南方面を撮る
小川通りは細い南北の通りで短く次の通りで行き止まりで四条通りまで行けません。
●久のひとこと・・・信長の遺体は光秀の必死の探索にもかかわらず、骨の一片もなく
不思議の一つといわれています。 近年「元本能寺」と近くの「南蛮寺」←クリックして見る
(以前の『久のひとこと』で紹介) がトンネルでつながっていて、イザという時の逃げ道であり
信長はトンネルで逃げる途中生き埋めになったという小説がベストセラーになりました。
近くの「久」の知合いの老舗の社長が小さい頃、その附近がある工事中に大きく陥没し
秘かに話題になったと聞きました。ヒョッとしたら小説の話が本当かも知れませんね!
『京都の歴史』 『京都のロマン』ですね。
祗園祭で山鉾巡行(7月17日)の先頭を進む長刀鉾の今年の稚児と補佐役の禿(かむろ)
が決まり、8日『長刀保存会』から発表された。
稚児・・今西優太朗君(8才) 北白川小3年
禿・・・・宮下凌太朗君(10才) 錦林小4年
深田直貴君(9才) 洛央小4年
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●久のひとこと・・・長刀鉾の稚児・禿が決まり発表されました。7月17日の山鉾巡行に
むけ7月末まで色々な行事・神事が行われます。
『祗園祭』は7月1日から7月31日までの1ヶ月の間行われることは京都以外の方
にはあまり知られていません。
↑世界遺産・国宝『東寺 五重塔』 毎月21日は『弘法市』
↓『弘法市』に集った人。お決まりの「煙かぶり」
1日・・・献茶祭 宇治上神社(世界遺産・国宝)
貴船祭 貴船神社
京都薪能 平安神宮 (~2日)
2日・・・信長公忌 本能寺
5日・・・栄西忌 建仁寺
県(あがた)まつり 県神社(~6日)--今年はインフルエンザの為、中止
7日・・・祗園放生会 祗園巽橋
8日・・・還幸祭・離宮祭 宇治神社
10日・・・御田植祭 上賀茂神社
田植祭 伏見稲荷大社
11日・・・嵐山 若鮎祭 嵐山中ノ島公園
14日・・・御神楽奉納奉告祭 八坂神社
15日・・・百山夏のつどい・手づくり市 百万遍知恩寺
あいさい祭 藤森神社
弘法大師降誕会 東寺
20日・・・竹伐り会式 鞍馬寺
京都五花街 合同伝統芸能特別講演(~22日) 京都会館第一ホール
21日・・・弘法市 東寺
25日・・・天神市 御誕辰祭・大茅の輪くぐり 北野天満宮
30日・・・夏越祓 八坂神社他市内格神社----夏の健康を願い!!
●久のひとこと・・・10日間ほどご無沙汰致しました。海外へ遊びに行ってきました??
冗談です !実は少し目眩(めまい)がしましたので、検査入院していましたのでBlogは
出来ませんでした。血圧が高くコレステロールなど4項目で基準オーバーでした。
1日1600~1700カロリーで低塩分・低脂肪の食事だけをしていたら、劇的に数値が下り
オール正常値になり、一安心ですが今後は薬と食事でずっとコントロールしなければなりません。
皆様も健康には充分ご留意ください。
これからも『久のひとこと』で京都の歴史 京都の祭・イベント 京都のお菓子 京都の碑
京都のグルメ 等をアップしていきます。
『上御霊神社 神輿巡行』の記事・写真 ← クリックして見る
●久のひとこと・・・知合いの若?社長も店を奥さんに任して、祭三昧だそうです。
京都の町衆はいろんな祭を楽しみかつ色々な役を担っています。
「上御霊神社」・・・応仁の乱勃発地
河原町通り今出川下るを行く 御輿(およよ)に乗った『斎王代 千万紀子』さん
●久のひとこと・・・横を京都市バスが走りマンションが見えるのが判りますか?
『葵祭』の真の主役 黒の装束の『勅使』 第12代「ウエマツ氏」
牛車
●久のひとこと・・・京都御苑での「葵祭」の行列を観て御苑を東へ通り抜け白味噌で人気の
『しま村』へ行ったら行列が河原町通りを北へ『下鴨神社』に向っていました。
「京都ぶらぶら」数十年 こんな良い、ゆっくり、間近くで見られる絶好ポイントがあるとは
ビックリします。
『しま村』の若社長は交通整理に駆り出されているとか。
京都の町衆は色々な祭に協力しています。 ご苦労様です。『京都の歴史』 『京都の祭・
イベント』の一つです。
「しま村」さんの味噌は添加物等をほとんど使わず美味しく、予約の取れない店で有名な
銀閣寺道 『なかひがし・・中東』の関係者です。「しま村」さんの品は小売していませんが、
先頭の『乗尻 (のりじり)』馬に乗っているのは上賀茂神社の社家の若者・・賀茂氏の子孫
こんなカワイイ 女児も!
虎の皮も重要な品だそうです。
この荷もズラッと『フタバアオイ』で飾りけています。 神様への貢物です。
最初の花傘
一台目の牛車(ぎっしゃ)
押している若者より車輪は大きい
『葵祭』の行列の真の主役は黒の装束 天皇の勅使役・・十二代当主ウエマツ氏
豹(ヒョウ)の皮・・・前出の虎(トラ)の皮より高位だそうです。
↓ 前にも後にも派手な模様がある楽者
上・・警備のパトカーと葵祭に急ぐ人 下・・警察の女性 騎馬警官
すごい数の見物席の人 向こう側はスタート地の『建礼門』
解説役の出雲路啓直氏・・大変解りやすく懇切丁寧な説明でした。
↑列見の最高責任者 奉行『慈光寺靖男』様の席 ↓『慈光寺靖男』様
道端氏 (副会長)
関係者は全てこの『フタバ葵』をつけています。
テレビ中継車
このカメラマンの胸にも『フタバアオイ』をつけています・・判りますか?
↑ これが『フタバアオイ』です。
●久のひとこと・・・万人を超える見物客と多くの葵祭関係者、報道関係者と警備関係者
が本当にたくさんいました。
『久』はどこで撮影していたのでしょうか??・・それは秘密です
葵祭の一般的に一番注目を集める 『第54代 斎王代』は『千万紀子さん』さんです。
裏千家の家元の長女で立命館大生です。 立命館大生は珍しいですね。
●久のひとこと・・・昨年の斎王代は老舗・人気料亭の『菊乃井』のお嬢さんの村田さん
でしたね。覚えていますか?? ブログ『久ひとこと』ので紹介しました←クリックして見る
『明治天皇行幸所 織工場址』に建つ現在の『日銀京都支店』 二条河原町下る東側
この写真の向って右上は『鴨川』です。・・(遠くに東山連山が少し見えます)
『明治天皇行幸所 織工場址』の碑
●久のひとこと・・・この近くには『京都ぶらぶら』に面白い処が多くあります。
①シイタケ佃煮の「どんこぶ」・・二条 河原町上る西側
②フジタホテル・・旧藤田財閥邸跡・庭が素適です。二条木屋町東
③京都ホテルオークラ・・旧長州藩邸跡・「桂小五郎(木戸孝允)」の像がある。
河原町 御池東南角④島津製作所本社・・河原町御池上る西側 記念館・・二条木屋町下る
⑤京都市役所・・河原町御池西北角
⑥お茶の老舗「一保堂」・・二条寺町上る西側
⑦京都最古の洋菓子店「村上開新堂」・・二条寺町上る西側
寺町通りを御池通り~今出川通り・・・
作家『池波正太郎』(鬼平犯科帳の作者)が好んだ。
旧 日本銀行京都支店(現 京都文化博物館) 三条高倉北東角
御所をスタートに下鴨神社~上賀茂神社と巡る『葵祭』が15日(金)にあります。
大変暑くなってきましたが、当日 晴れなら日差しが強いので傘か帽子を必ず用意してください。
●久のひとこと・・・今年の斎王代は「裏千家」家元のお嬢さんの『千万紀子』さんです。
『ふたば葵』を身に付けることから『葵祭』の名がついた。
これが「ふたば葵」です。・・今年に『久』が撮った写真です。 他は昨年の写真。
●久のひとこと・・・徳川家の紋所は『三つ葉葵』ですが、実際には三つ葉葵はないそうです。
5月の祭・イベントをクリックして見る→http://blog.kyyyo.jp/2009/04/post-773.html
この日・15日(金)には 百万遍・知恩寺の『手づくり市』が有りますので帰りに是非 寄って
見てください。・・1日に2度楽しめます。
↑ ガーデンパレス2階より京都御苑を写す・・左側に窓のサッシが見えます
京都御所が借景の 『ガーデンパレス』は京都御苑西にあり『土御門帝』の内裏跡にある。
御所を借景にするとは何と贅沢なこと!!
こじんまりしたホテルで結婚式・披露宴にも大人気です。
烏丸通 下長者町下る 地下鉄「丸太町」 「今出川」駅下車 両駅のほぼ中間
●久のひとこと・・・『蛤御門(はまぐりごもん)』の真西にあり、今の季節は樹木の青葉が目に痛いくらいです。
蛤御門には幕末『禁門の変』の時の弾痕が有ります。・・京都の歴史 です。
禁門の変 (蛤御門の変ともいう)← クリックしてみる。・・弾痕が見られます。
↑ ガーデンパレス2階より京都御苑を写す
御所が借景の 『ガーデンパレス』は京都御苑西にあり『土御門帝』の内裏跡にある。
こじんまりしたホテルで結婚式・披露宴にも大人気で場所、交通の便も良いのでクラス会
や小パーティにもよく利用されています。
烏丸通 下長者町下る 地下鉄「丸太町」 「今出川」駅下車 両駅のほぼ中間
●久のひとこと・・・丸太町通り→今出川通り は少し上りになっているので行きは
「今出川」駅下車が楽で帰りは「丸太町」駅乗車が楽。
↑周りにとけこんだグリーンがかった建物は建築賞を貰いました。
クリックすると拡大する
土御門帝 ← クリックして見る
●久のひとこと・・・この地名の「長者町」の由来は昔~昔この一帯に今は名前も残って
いない 長者の大屋敷があったのでこの地名が残ったといわれている。
「上長者町」通りもあります。 ←見る
老中・『間部詮勝(まなべ あきかつ)』の寓居跡の碑があります。寺町御池上る東側
●久のひとこと・・・京都市役所の裏手になる駐輪場にひっそりとありますので、ほとんど
見逃してしまいます。
近くには長州藩邸(現・京都ホテルオークラ)や対馬藩邸、加賀藩邸、土佐藩邸等が
高瀬川沿いにあったので屋敷としては絶好の場所にあったことが伺える。
これは『京都の歴史』です。
『間部 詮勝(まなべ あきかつ)』・・文化元年(1802年)~明治17年(1884年)
越前鯖江藩5万石の領主で大阪城代→京都所司代→老中と出世して幕末に活躍した。
桂小五郎像の建つ京都ホテルオークラ ←クリックして見る
『菅大臣神社』 「菅原道真 誕生地」の碑 西洞院 高辻
阿吽(あうん)の狛犬
●久のひとこと・・・この狛犬は少し変っているとおもうませんか?? そうなんです。足元が普通とちがっています。 特に向って左の狛犬の右足があがっています。大変珍しい旧い以タイプで、ある大学の 研究者が詳し調べていったとか! ある京都駅前の有名ホテルでは『京都の歴史』 『京都 こだわり』として推奨して いて、大変喜ばれるそうです。
このイチョウの木は樹齢300年以上とか。 ●久のひとこと・・・ここから北へ歩いて数分のところの京都最古の『大嶋結納店』や 『小野小町の化粧水』 『ブリキのおもちゃと人形博物館』があります。 ぜひ『京都ぶらぶら』してみてください。 ◎大嶋結納に英国王室来店 ←クリックして見る
旧い歴史『五条天神宮』(← クリックして見る) の碑 西洞院 松原
●久のひとこと・・京都駅から西洞院 四条へ行くのにいつもは市バス「9番」堀川通り
経由を使うのですが、「50番」西洞院経由を選びバス停二つ手前で降り四条まで
「京都ぶらぶら」しました。大正解で、二つ新発見です。
↑ クリックすると拡大する。↑
↑ ↓ 阿吽(あうん)の犬
昭和2年製といわれるアコーデオン(ガチャガチャ)エレベーター 木屋町 松原上る
京都でも大変珍しい木造4階建ての建物。最上階では結婚式ができるようになっています。
5月1日からは納涼床(ゆか)が始まります。 『京都の歴史』 『京都の建物』です。
●久のひとこと・・・『鮒鶴』は「京都 老舗」の料理屋で耐震補強等はしていますが、ほとんど
創建当時の様子を残しています。特に上の階には珍しい天井絵・格子天井があり、『松下
幸之助』さんが好んだといわれています。大勢が一同に集えるので「久」も以前は良く宴会に
利用しました。 現在は結婚式・披露宴に良く使われています。
『鮒鶴』 ← クリックして見る
昔の格式ある玄関
風情あるアプローチ
昭和2年製の文字のあるアコーデオン(ガチャガチャ)エレベーター
以前のブログで紹介した四条大橋の『東華菜館』 、東京髙島屋(最近、重要文化財に
指定されました)にもほぼ同時代のエレベーターがあります。 ↑ クリックして見る
歴史を刻んだ黒光りの階段
『檜皮葺(ひわだぶき)の屋根]』が痛んでいるのが判りますか??
風雨でも当然痛みますが、それ以上に檜皮葺(ひわだぶき)の中にいる虫を取る為
鳥が檜皮を突っつくから痛むのだそうです。
檜皮葺(ひわだぶき) ← クリックして詳しく見る 京都の歴史
●久のひとこと・・・最近は檜皮が不足気味で新しい神社では銅屋根やステンレス屋根を
見かける。
御苑内アチコチでバードウッォッチングをしている人々を見ました。
多くの鳥の声が聞こえていて、ものすごい種類の鳥や植物が御苑内あるそうです。
京都市は中心部に京都御所・京都御苑があり、又多くの神社仏閣があるので大変
緑が多い。「航空写真」を見ると緑の多さが良く判ります。
樹齢300年といわれる「椋(むく)」の大木。
幕末、『禁門の変=蛤御門(はまぐりごもん)の変』(← クリックして見る) の時、長州藩士
・遊撃隊総督『木島又兵衛』がこの木の下で討ち死にしたといわれる。
幕末の「京都の歴史」の一幕です。歴史小説にはよく出てくる場面です。
↑ クリックすると拡大
『閑院宮・・かんいんのみや』 (←クリックして見る)邸跡の碑
珍しい陳列品が多くあり熱心に興味深そうに見入っていました。
風格ある門構え
●久のひとこと・・・京都御苑内には昔は宮家・公家屋敷が多くありました。
現在は宮内庁職員の住宅があり、『久』の知人もそこにすんでいました。
御苑内に池の弁財天『厳島神社』があります。
↑ 「説明板」をクリックすると拡大する。










